【WG1042】倫理学B1単位目レポート

倫理学B 1単位目 レポート 明星大学レポート

どうもさんぴんちゃです。

私が実際に提出して合格した「倫理学B1単位目レポート」をご紹介するので、苦戦している人は参考にしてみてください。

丸写しすると当たり前のように不合格となりますので、使えるところは部分的に使って、後はオリジナルを追加して下さい。笑

それではどうぞ。

【WG1042】倫理学B1単位目レポート

レポート

課題

1.「パーソン論」について、社会的な側面から利点と難点を論じなさい。

課題1

現代では医学が発達し、昔に比べ平均寿命も伸びている。しかしその結果、生き甲斐があるのかどうか疑わしい状態の人が増えているのも事実である。自身の意思で「生きたい」と思っていないのに、生き続けるのはいい事なのかと言う問題が浮上してきた。背景には、人工妊娠中絶や安楽死の権利の主張によくあらわれているように、自らの自由を重視する近代社会が、生よりも自己決定権を重視するという事があるのではないだろうか。

「パーソン論」は前述した人工妊娠中絶や安楽死といった問題に対しての考えを述べているものだ。パーソン論とは、「人格」を持った存在の生きる権利を保証するものである。ここで言う人格とは「自己意識」の事であり、ヒトという生物だから人格がある訳ではないので、人間とは区別されるものである。「パーソン」という定義は、ロックの『人間知性論』(1690年)において、「自分自身を自分自身であると考え、異なる時と場所において同一である思考する存在」をパーソンとしているのが、古典的な用例だそうである。このパーソンが無いものは、ヒトであっても人権が認められない、はいっきり言うならば死んでもらっても仕方がない、と言うのが「パーソン論」である。

こうしたパーソン論の考え方は、マイケル・トゥーリーによるものであり、功利主義の考え方に近いものである。しかし、これだと脳死患者や植物状態の患者、生まれて間もない胎児、重度の認知症患者や重度の精神障害者も人格を所有しない存在として扱われ、パーソンとしては定義されないことになる。その為よく誤解されやすいのが「世の中の役に立たない人を殺しても良い」とする考えと捉えられる事があるが、決してそうではない。

トゥーリーのパーソン論では老人性痴呆の患者や嬰児、重度障害者の生命がほしいままに奪われてしまう危険性がある。こうした危険性を緩和するための保留条件を、エンゲルハートはその著書『バイオエシックスの基礎づけ』の中で提起している。厳密な意味でのパーソンから外れてしまうような上記の人々を、最低限のコミュニケーション能力さえあるなら、「社会的配慮からするパーソン」とすると位置づけた。そうする事で理不尽な生命の与奪を防いでいる。また、社会的配慮からするパーソンという社会的弱者を思いやった考えを共有する事で、エンゲルハートは社会の中に徳を育む効果も期待している。

だが、この徳もまた、社会の中の多数派である厳密な意味でのパーソンの利益に還元されていく事を銘記しなければならない。社会的配慮からするパーソンという存在は、厳密な意味でのパーソンの幸福を増進されない限りは設定されない功利主義的概念なのである。彼の主張は、パーソン中心主義を修正しようとする一方、パーソン中心主義をいっそう徹底もしている。パーソンによって、パーソンにとってもっとも望ましいあり方が決定されているのであり、それが正当化されるのは、自己意識や選択・決断・欲求する能力を持っている事が価値のある事だとされているからである。その為、この問題の根本的な解決は、自己意識のある社会の多数派である者たちが議論している以上、難しいということになってしまうのである。

しかし、パーソン論には利点も存在している。従来のようにSOL(生命の神聖さ)を医療の原則にすれば、植物状態の患者や生存可能な早産児は全て治療し続けなければならない。それは現実的だろうか。またそれは正しいだろうか。抵抗なしには推奨し難いが、早めに臓器移植の判断を下す事ができるというのは他者の命を救う選択としても取れる。

パーソン論は、冷酷な選択故に、誤解され、批難の声が多くある。しかし、1番大事にすべきことは、倫理的に良い悪いではなく、本人やその家族の意思を尊重することなのではないだろうか。根本的解決が難しいからこそ、時間をかけて「パーソン論」について議論し、両者の意見に歩み寄る必要があると私は考える。

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