【WJ1102】文化人類学B1単位目レポート

文化人類学B 1単位目 レポート 明星大学レポート

どうもさんぴんちゃです。

私が実際に提出して合格した「文化人類学B1単位目レポート」をご紹介するので、苦戦している人は参考にしてみてください。

丸写しすると当たり前のように不合格となりますので、使えるところは部分的に使って、後はオリジナルを追加して下さい。笑

それではどうぞ。

【WJ1102】文化人類学B1単位目レポート

レポート

課題

1.多様な人間関係(文化人類学の主要な研究課題)について具体例をあげて説明し、これに関する自らの見解を述べなさい。自らの見解を述べた部分には、赤ペンで線を引くこと。

課題1

人間関係にの中でも男と女、大人と子供、身内とよそ者の様に一言で人間関係と言っても種類が多く、多様である。こうした人間関係の違いをいくつか例を挙げて自分自身の考えをまとめていく。

人間関係の違いとして、「セックス」が例としてあげられる。セックスは生まれながらの身体的な性差であり、いわゆる「男と女」の関係である。「ジェンダー」はこうした男女の差が社会の中で作られていく性差である。男女差別として最近話題になっているが、日本では男性が権力を持っていて女性の権利を主張する声がよく聞こえてくる。しかし、アリゾナ州北部のホピ社会は、妻方居住婚を基本とする母系社会の体系を取っている。世帯の中心は女性であり、女性は公的にも一定の力を保有している。また、パプアニューギニアのチャンブリ民族も日本とは違い、漁業や交易を女性が責任を持って仕切っている。こうした違いから男性は繊細な性格、女性は勝気な性格という特徴も見られる。サハラ砂漠以南のアフリカの諸社会では、水汲みや脱穀などの力仕事の多くは女性が行うという特徴がある。ジェンダーは社会や文化によって変化していくものであり、これらの例を見てもそのあり方は多様である事が明らかである。その為日本と諸外国の人々では大きく特徴が異なっている。この様な多様性、可変性こそがジェンダーの特質であり、普遍的なものであるといえる。日本では女性の権力が弱い為、男女差別と叫ばれているが、違う視点から見ると、ジェンダーの特質に沿った男女の分業がされていると見ることもできるのではないだろうか。しかし、現実では国会議員や国の権力者の男女割合は圧倒的に男性が多い為、この男女差別問題の解決は困難だろう。

親族の間でも身内とよそ者として人間関係が区別されている。日本における嫁の両義性として、外婚単位となる親族集団は。外部の集団から配偶者を得なければならないと言った決まりや、妻問い婚における夫婦はどちらかのイエを継承する前の前段として、どちらのイエにも属している両義的な存在となる。このように、元々よそ者である人が身内になる事もある。ウガンダ北西部の農村民は身内をオディピ、よそ者をジュル、それよりも遠い関係の人を邪術師として見ていた。ジュルとは結婚相手にもなるが戦う相手になる可能性がある関係のため、冗談関係を築き、争いが起こらない様な関係を保っている。こうしたユニークな関係を保ちつつ、生活を営むというのはなかなか面白い習慣だと私は考える。家族と言われると普段の生活の中での家族関係しか思い浮かばないが違った家族のあり方もあるという事を頭に入れておきたい。

「大人と子ども」の人間関係では、子どもと大人が17世紀以降、明確に認識される様になった。しかし、大人と子どもは明確に認識されているが、明確に分けることは出来ない。一応日本では法律で20歳からは大人として見られるが、実際には社会や文化によって大人子どもの判断は変わるのである。大人へなる為には「通過儀礼」を行うことになる。成人式や結婚式などがこの通過儀礼に当たる。人間としての節目(過渡期)を作ることにより大人と子どもを分けているのである。この過渡期には危険性もあり、移行期にある人は、子どもでも無い大人でも無い曖昧な状態に置かれることになる。その中で危険な時期を社会的に乗り越える仕組みが通過儀礼と言える。だが、日本や他の先進諸国においては学校時代が長期化し4年制大学への進学率が高まり、今の若者は大学を出ても精神的に自立が出来ていないという指摘が出てきている。

このように、一概に人間関係と言ってもそのあり方は国や民族、家族内や性別間でも非常に多様性を帯びていることが分かる。人間関係が多様という事は他国間、他人間において様々な価値観があるという事である。その事を念頭に置いて他人と接していくことが重要だと私は考える。

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